天才的宣科
 


 

1981年に、還暦の年、不遇な一生(冤罪で約20年間入獄していた)、ナシ族伝統音楽対して深く研究している宣科先生は、すぐれた見識を持ち、“麗江中国大研ナシ古音楽会”を創立して、会長に就任した。それから、滇西北高原にひそむ“音楽の生きている化石”と称されるナシ古楽が世に名を知られてくる。

1995年、大研ナシ古音楽会は招待に応じてイギリスで演出の期間に宣科先生が世界でも有名なイギリス·オクスブリッジの教壇でナシ古楽に関する学術報告を発表していた。近年五十年間では、中国の学者で初めてのことである。

不完全の統計によって、大研ナシ古音楽会が創立してから、聞き手が50万に達した。近年に宣科は楽隊を引率して、前後に北京、天津、広州、昆明など都市及び香港でナシ古楽を演奏したことがある。麗江の形象を打ち立て、ナシ古楽を伝播するために力を尽くした。

宣科は前後に北京大学、中央音楽学院など国内の高等学院及びイギリス·オクスブリッジ、イギリス皇室音楽学院、ロンドン大学でナシ古楽及び音楽の起源に対して学術報告を発表し、中央音楽ホールで中国交響楽団をコンタクトしてナシ古楽を演奏し、「中国音楽研究」など雑誌で学術論文を発表したことがある。この音楽界の天才に対して世界各地の新聞が続々と報道し、48の国家と地区が彼の事績を紹介したことがある。麗江で観光、考察する名高い外国人は、みな宣科先生を訪ねる。宣科は普通語、ナシ語、英語で紹介して、直接的、間接的に麗江の風光と古風的なナシ文化を世界へ紹介していた。1997年7月下旬、ノルウェー国王が麗江を訪問して来て、ナシ古楽を聞いた後、とくに宣科とナシ古楽会へ招待状を出して、1998年にノルウェー建国記念日の期間で演出された、1998年5月、宣科は招待にこたえて楽隊を引率してノルウェー国際芸術大会に参加して、巨大な成功を収めた。